中国弁護士・弁理士 白 玉
北京魏啓学法律事務所
 
特許無効審判段階では、優先権主張の成立可否は事件の行方に重要な影響を与えることがあり、場合によって一つの特許の「生死」を左右しかねない。優先権主張が不成立と認定された場合、当該特許の新規性・進歩性判断に使用されうる文献の数が大きく上昇する。例えば、公開日が当該特許の優先日と実際の出願日との間にある文献は、当該特許の先行技術として使用され、当該特許を無効とする決め手となる証拠となり得る。したがって、特許出願人側が権利の基盤を構築する際にも、無効化を目指す挑戦側が糸口を見つける際にも、優先権問題は双方の攻防体制において重視すべきことであろう。

中国の特許審査基準における規定によると、中国特許法第29条でいう同一の主題に係る発明とは、分野、課題、解決手段及び所望の効果が同一の発明を指す。「同一の主題に係る発明」に該当するかの判断は、優先権主張の成立可否に決定的な役割を果たす。特に化学医薬分野は特殊な分野であるため、実務において複雑なケースがある。本稿において、実務の参考のため、化学医薬分野の事例に焦点を当て、代表性のある事例を解説し、優先権確認のロジックを整理する。

事例1:優先権基礎出願に化合物の活性データが記載されていない場合、後願の優先権主張は成立するか

事案の概要

本件は特許番号がZL200880102903.3である。中国特許庁による第580173号無効審判請求の審決において、優先権主張が成立すると判断され、特許権の有効性が認められた。

本件特許はルキソリチニブの3つの医薬的に許容される塩を提供する。

本件特許の明細書には、実施例Aとしてインビトロ JAK キナーゼアッセイ(詳細な工程は省略)、及び「本発明のリン酸塩、および対応する遊離の塩化合物の両方は、JAK1、JAK2およびJAK3の各々について50nM以下のIC50値であることが判った」という結論が示されている(明細書第[0092]~[0094]段落を参照)。

文言記載からすれば、優先権基礎出願と本件特許の明細書とは、本件特許の明細書における上記第[0092]~[0094]段落の実施例A及びその結論が記載されていない点のみで相違する。

さらに、本件特許及びその優先権基礎出願の【背景技術】には、第11/637,545号の米国特許出願(以下、先行文献という)が引用されている。

先行文献の発明は、JAK阻害活性を有する化合物の提供を目的とする。その実施例67の記載から分かるように、工程2でラセミ混合物を得、HPLCにより分離を行い、R-体(つまり、ルキソリチニブ)とS-体の2つのエナンチオマーを得た。さらに、工程3で両者をそれぞれTFAと反応させて最終生成物であるR-体及びS-体のトリフルオロ酢酸塩を得た。また、JAK阻害活性測定において、上記2つのトリフルオロ酢酸塩はいずれも活性を有し、一方のエナンチオマーの活性が他方より高いことが判明した。

上記の先行文献において、そのJAK活性測定方法が本件特許の方法とほぼ一致しているが、いずれの化合物の具体的な測定結果も記載されておらず、最後にJAK活性を有すると判断される基準、即ちIC50値≦10μMが示されているだけである。

以上の事実を踏まえて、合議体は以下のとおり判断した。

医薬化学分野では、効果の予測不可能性が高いため、通常、当業者が発明により当該用途又は効果を実現できると確認できるように、明細書に当該用途の実現及び/又は所望の効果の達成を証明できる定性的又は定量的な実験データを記載すべきである。このため、当該分野における「同一の主題に係る発明」の判断、具体的には先願と後願が同一の効果を有するかの判断では、実験データへの依存度が高い。

先行文献には、ルキソリチニブ及びそのJAK阻害剤としての使用が開示されている。本件特許はこれに対する改良であり、ルキソリチニブの3つの医薬的に許容される塩を提供することで、より効果的な医薬製剤を得ることを目的とする。先行文献に「塩の形成は通常、医薬化合物の活性をなくすことがない」という当業界の技術常識を組み合わせれば、当業者は、この3つの医薬的に許容される塩がJAK阻害剤の作用効果を有すると直接かつ疑問なく判断でき、先行文献に記載された測定方法を用いて検証することもできる。優先権基礎出願と比べて追加した本件特許のJAK阻害活性測定の具体的な結果は、上記内容へのさらなる補強であり、新たな効果と判断されるべきではなく、「先願主義」に違反するとはいえない。

したがって、優先権基礎出願に本件特許の明細書におけるJAK阻害活性(IC50)の測定方法及び測定結果が記載されていないとしても、当業者は先行文献における記載に基づき、当該先願の分野、課題、解決手段及び所望の効果を正しく理解することができる。本件特許の請求項1に係る発明は上記の4つにおいて先願と同一であるため、同一の主題に係る発明に該当する。

コメント

本件は2024年度特許不服審判・無効審判10大事例の1つであり、化学医薬分野における「同一の主題に係る発明」の判断において優先権基礎出願及び本件特許の効果を如何に考察すべきかについて指導的な意味を有する。

上記事例の認定からすれば、「同一の主題に係る発明」に該当するかの判断では、合議体は優先権基礎出願及びその先行文献の記載に基づき、本件特許に係る化合物がJAK阻害剤の作用効果を有すると判断できる前提で、優先権基礎出願と後願は予期効果が同一であると認定した。つまり、本件では、優先権基礎出願及びその先行文献にJAK阻害活性(IC50)の測定データが記載しなければならないことは要求されていない。

とはいえ、審決の内容から明らかなように、同一の主題に係る発明の判断では、「分野、課題、解決手段及び所望の効果」の4つをすべて考察し、全体として把握すべきである。したがって、実務においてリスクを低減する観点から、基礎出願の作成時に効果及び関連内容をできる限り記載することが推奨される。

事例2:後願と比較して、先願に係る発明に投与量に係る構成が記載されていない(新規性の判断では通常、投与量に係る構成は医薬用途クレームへの規定にならないとされる)場合、同一の主題に係る第1国出願になるか。

事案の概要

本件特許は「糖尿病を治療するためのジペプチジルペプチダーゼ阻害剤」を名称とする第201210399309.3号中国特許である。

本件特許の請求項1は、「化合物Iの医薬組成物の製造における使用であって、5mg/日から250mg/日の間の1日用量の前記医薬組成物を経口投与することでⅡ型糖尿病を治療し、化合物Iが下式で示される構造(構造略)を有する使用」である。

本件特許の優先権基礎出願である2件の先願と本件特許の請求項1~17は主題が同一である。

証拠4は本件特許権者の別の先願の公開公報であり、その出願日が2004年12月15日であり、本件特許が主張した最も早い優先日よりも前である。証拠4に本件特許の請求項1に記載の「5mg/日から250mg/日の間の1日用量」が記載されておらず、当該内容は証拠4から直接的かつ一義的に導き出せるものでもない。

中国特許庁による第38952号無効審判請求の審決において、「本件特許の請求項1では、前記化合物Iのの一日あたりの経口投与量が5mg/日から250mg/日であると規定されているが、この構成は投与に係る構成であり、医者の医薬投与時の選択のみ反映しており、製薬プロセスへの規定にならず、請求項の技術的範囲に影響を及ぼさない。証拠4には、本件特許の請求項1~17と同一の主題に係る発明が開示されている。本件特許の優先権基礎出願である2件の先願はいずれも第1国出願ではなく、請求項1~17はその優先権主張の利益を享受できない。本件特許の請求項1~17の優先権主張が成立しないため、証拠4は本件特許の先行技術になる。証拠4には本件特許の請求項1~17と同一の主題が開示されているため、本件特許の請求項1~17は証拠4に対して新規性を有しない。」と認定され、請求項1~17は全部無効とすべき旨の結論に至った。

特許権者はこれを不服として、審決取消訴訟を提起したが、一審法院はその請求を棄却した。特許権者は一審判決を不服とし、中国最高裁判所に上訴した。中国最高裁判所は最終的に特許権者の請求を認め、一審判決及び第38952号対象無効審決を取り消した。

(2021)最高法知行終344号判決の内容を抜粋すると、以下のとおりである。

新規性・進歩性判断では、請求項の記載の一部は実質上、発明への限定にならないため、考慮されないが、この判断基準は優先権確認に適用されるべきではない。以下にその理由を説明する。

新規性・進歩性判断において請求項の記載の一部を考慮しないのは、これらの記載とクレーム発明との関係や法律上の特別な規定から、その請求項はこれらの記載があることを理由に登録されるべきでないからである。言い換えれば、その記載が実質上発明への限定になるかについての判断は、特許性に関する考察である。一方、優先権確認は、法律の規定に照らして先願の出願日を優先日としてこの日を特許出願日とみなすことができるか否かということのみの確認であり、特許性に関する考察ではない。したがって、優先権確認時に特許性に関する考慮要素を考慮すべきではない。

実質上発明への限定になるかについての判断基準を優先権確認に適用すると、特許出願人が、請求項に新規性・進歩性の判断に影響を及ぼさない記載を追加する場合には、優先権主張の利益を享受できることとなるが、これは優先権制度の趣旨に適合せず、特許出願人がこれによって不当な利益を得ることにもつながる。

中国の特許審査基準第2部第8章第4.6.2節にも、「当業者は、当該発明が先願から直接的かつ一義的に導き出せるものではないと判断する場合、この先願は後願の優先権基礎出願となることができない」と明確に規定されている。また、中国の特許審査基準第2部第3章第4.1.2節の規定によると、「中国特許法第29条でいう同一の主題に係る発明又は実用新案とは、分野、課題、解決手段及び所望の効果が同一の発明又は実用新案を指す」。この基準は中国の特許審査基準に規定されている新規性の判断基準と異なっている。

証拠4に本件特許の請求項1に記載の「5mg/日から250mg/日の間の1日用量」が記載されておらず、この内容は証拠4から直接的かつ一義的に導き出せるものでもないため、証拠4ではなく、2件の先願が同一の主題に係る第1国出願であると認定されるべきである。したがって、本件特許の請求項1は優先権主張の利益を享受できる。同様の理由により、請求項1に直接的又は間接的に従属する請求項2~17も優先権主張の利益を享受できる。

コメント

本件の判決において、「中国の特許審査基準の規定によると、優先権主張の成立可否をチェックする基準は、新規性の判断基準とは異なっている。優先権確認は、先願の出願日を優先日とし、法律の規定に照らしてこの日を特許の出願日とみなすことができるか否かを確認するためであり、特許性に関する考察ではない。したがって、優先権確認時に特許性に関する考慮要素を考慮すべきではない。新規性・進歩性判断では、請求項における一部の規定は実質的な規定とならないため考慮されないが、優先権確認時に無視されるべきではない。」と判示されている。

事例3:先願はマーカッシュ構造を有する化合物に関するものであり、後願は当該マーカッシュ構造を有する化合物に属する具体的な化合物に関するものであるが、こられ具体的な化合物は先願に記載されておらず、優先権の利益を享受できるか。

事案の概要

本件は第01820481.3号中国特許に関する無効審判である。

無効審判において、特許権者はクレームを補正し、一般式で表される化合物及び一部の具体的な化合物を削除し、化合物104とマシテンタンという2つの化合物のみ残した。

証拠2は本件特許の優先権基礎出願であり、一般式Iの化合物及び14個の製造例を記載しており、11の具体的な化合物のETA及びETB受容体に対するIC50値を示している。しかし、証拠2には化合物104及びマシテンタンの名称、構造並びにその製造は記載されておらず、その効果を示す実験データも記載されていない。

合議体は、本件特許の補正後の請求項は、化合物104及びマシテンタンが証拠2に記載されていないため、優先権主張の利益を享受できないと認定した。

中国特許庁による第48183号無効審判請求の審決における審判部の判断を抜粋すると、以下のとおりである。

まず、先願のマーカッシュ化合物と後願の具体的な化合物は同一の発明ではないため、「同一の主題に係る発明」とは認められない。また、後願の具体的な化合物が先願のマーカッシュ化合物に属することを理由として、後願は優先権主張の利益を享受できると判断すると、優先権制度の根本的な趣旨から外れることになる。マーカッシュ化合物は化合物の特別な表現形態であり、通常、各置換基及びその様々な選択肢からなる1つの有機的な統一体と見なされる。構造の共通点をまとめて類似する構造を有する化合物に係る発明をマーカッシュ発明として出願することは、化学分野の特許実務でよくある出願方法であり、法律上も禁止されていない。しかし、先願がマーカッシュ化合物に関するものである場合、その範囲内の具体的な化合物はすべてこれに基づいて優先権主張の利益を享受できるとすると、先願が「貯水池」のようなものとなり、出願人は、優先日後にさらなる研究により得られた、当該マーカッシュ一般式の範囲内の新たな具体的な化合物又はより狭範囲の一般式で表される化合物にこの「優先日」を恣意的に付与することができることとなり、明らかに優先権制度の趣旨に違反している。したがって、後願の具体的な化合物又はより狭範囲の一般式で表される化合物が優先権主張の利益を享受できるかを判断する際に、当該具体的な化合物又はより狭範囲の一般式で表される化合物が先願に明示的に又は黙示的に記載されていることを原則とすべきである。さもなければ、権利と義務の不均衡を招くことになる。

コメント

以上の結論からすれば、先願に後願に係る具体的な化合物が記載されておらず、当業者は先願全体に基づいて、当該具体的な化合物が黙示的に先願に記載されていることも確認できない場合、当該具体的な化合物に係る請求項は優先権主張の利益を享受できない。より狭範囲の一般式で表される化合物が優先権主張の利益を享受できるかの判断も同様である。この事件は、医薬化合物分野の特許ポートフォリオには先見性が必要であり、第1国出願は特許網を構築する基盤であることを示唆している。優先権基礎出願を作成する際に、マーカッシュ一般式の総括及び階層的なクレーム範囲の設定を重視するほか、先願において具体的な化合物に関する内容もできる限り詳細に記載すべきである。

おわりに

中国の特許審査基準の規定によると、優先権主張の成立可否の判断基準は明確であるが、実務において複雑な状況が生じて論議を引き起こすこともある。上記の事例は一部の特別なケースにおける優先権主張の成立可否の判断に指針を提供したと言える。