中国弁護士 李 美燕
北京魏啓学法律事務所
北京魏啓学法律事務所
はじめに
商標法第10条第1項第7号では、「欺瞞性を有し、商品の品質などの特徴又は産地について公衆に誤認を生じさせる」標章は、商標として使用してはならないと規定されている。司法実務において、この欺瞞性条項違反により商標出願が拒絶された事例は年々増加している。本稿の目的は、欺瞞性条項違反に係る拒絶査定不服審判案件に関する統計データを整理し、司法判断の基準を分析した上で、実務経験と結べつけて、抗弁対策を検討することにより、商標出願人にコンプライアンス・ガイドラインと抗弁方法を提案することにある。
1. 『商標法』第10条第1項第7号に係る拒絶査定不服審判案件の統計分析1
摩知輪データベースの検索結果によると、下図に示すように、『商標法』第10条全体に係る拒絶査定不服審判審決の件数は2022年から右肩上がりに増加し、2024年には38,611件に達し、同年の拒絶査定不服審判審決の総件数の14.8%を占めている。これは、商標審査において、商標法第10条に係る絶対的禁止事由に対する審査が持続的に強化されていることを反映している。

『商標法』第10条に係る拒絶査定不服審判審決における根拠条項(第10条第1項第1~8号および第10条第2項)比率は以下の通りである。そのうち、第10条第1項第7号に係る案件数は総件数の57%を占める125,637件で、他の条項に係る案件数を大きく上回り、第10条の中で最も適用頻度の高い規定となっている。


※2016年から2025年5月12日までのデータ
一方、第10条第1項第7号に係る拒絶査定不服審判の審決結果では、「全部拒絶」が最も多く、次いで「全部初歩査定」で、「一部拒絶」が最も少なかった。このデータから、第10条第1項第7号違反により拒絶された商標について、不服審判を申請しても、初歩査定を獲得する可能性は比較的低く、審査実務において、同条項に対する厳格な運用がなされていることが分かる。
第10条第1項第7号に係る拒絶査定不服審判審決のデータ




2. 『商標法』第10条第1項第7号の司法認定基準
2021年『商標審査審理指南』では、「欺瞞性を有する」について、明確に定義されている。「欺瞞性を有する」とは、標章がその指定商品又は役務の品質などの特徴又は出所について、固有の程度を超えた表示又は事実と一致しない表示を行い、商品又は役務の品質などの特徴又は産地について公衆に誤認を生じさせやすいことをいう。例えば、「健康」、「長寿」の文字からなる標章を使用商品として「たばこ」を指定する、「万能」の文字からなる標章を使用商品として「薬」を指定することが挙げられる。
欺瞞性条項の具体的な適用基準については、法律に詳細な規定はないが、関連する行政法規、部門規定、司法解釈、審査指南などを通じて、体系的な適用規則が形成されている。多くの判例における適用状況を踏まえると、係争商標が『商標法』第10条第1項第7号に該当するか否かを判断する際には、中国公衆の一般的な認識レベル及び認識能力を基準として、当該標章の指定使用商品と合わせて、次の2点から判断すべきである。
(1) 標識自体の欺瞞性:標章の意味、外観などが指定商品の品質、機能、用途、原材料などの特徴または産地と一致しない、又は一部一致しないこと、
(2) 欺瞞性の結果:標章の欺瞞性が、関連公衆に商品の特徴または産地について誤認を生じさせるのに十分であること。
司法実務において、裁判所は通常1つ目の要件を重点的に審査し、係争標章が欺瞞性を有すると認定された場合、「誤認を生じさせやすい」と推定されることが多い。ただし、公衆が日常生活上の経験に基づいて誤認しない場合、この規定の適用範囲には該当しない。例えば、(2023)京行終8393号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、北京市高等裁判所は、係争商標が「米、未脱穀の米」商品に使用される場合、係争商標「

3. 『商標法』第10条第1項第7号の抗弁対策
上記のように、商標法第10条第1項第7号に係る拒絶査定不服審判の成功率は高くなく、企業にとって重要な標章について、商標出願人は行政訴訟を通じて救済を図ることができる。本条項にかかる行政訴訟の成功率に関する権威ある統計データはないが、実務経験からみると、本条項を克服する全体的な難易度は依然として高い。抗弁の核心は、司法認定基準に沿って、係争商標の意味が商品の固有の性質と一致しており、公衆に誤認を生じさせないことを主張することにある。具体的には、以下の点から抗弁することが考えられる。
(1)係争商標の意味と無関係な商品を放棄することにより「欺瞞性」を克服できる
「欺瞞性」の判断は、係争商標の指定使用商品と合わせて考慮する必要がある。係争商標がある種類の商品に使用されても、公衆に誤認を生じさせない場合、その種類の商品における登録出願は認められる。すなわち、係争商標の意味が指定商品の固有の性質と一致すれば、公衆の誤認の恐れを排除することで欺瞞性条項の適用を回避することができる。この考え方は、商標に商品の原材料が含まれる事件では、特に重要である。
例えば、(2022) 京行終1576号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件では、北京市高等裁判所は以下のようには判断した。係争商標「肉联帮(肉聯幇)」が「食肉、肉の缶詰」に使用される場合、原材料などの特徴について、欺瞞性を有する記述はないので、商標法第10条第1項第7号に違反していない。しかし、「果実の漬物」などの商品に使用される場合、公衆に原材料や成分について誤認を生じさせる可能性があるため、当該条項の規制範囲に該当する。
裁判所は「欺瞞性」条項を審理する際、指定商品の区分ごとに欺瞞性の有無を分析すべきである。したがって特定の商品を削除または放棄しても、ほかの商品に関する「欺瞞性」の判断に影響を与えない。しかし、実務的な観点から、筆者は、係争商標と関係のない原材料を含む商品を放棄することで、争点を関連商品に集中させることを提案する。これにより、審理の範囲を明確にするだけでなく、係争商標の登録を求めたい意思を裁判官に伝えることができる。筆者はかつて、化学元素「水素」を含む商標の拒絶査定不服審判取消訴訟を代理したことがある。この事件では、行政訴訟を提起したとき、「水素燃料電池」商品の登録出願のみを残し、その他の商品を放棄した。裁判所は最終的に、「水素」の記述的意味は、商品の原材料の特徴と一致しており、欺瞞性に該当しないと判断した。同様に、(2021)京行終7407号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、出願人が「ココア」と無関係の商品を放棄した結果、裁判所は、係争商標「可可联盟(ココア聯盟)」は「ココア、ココアパウダー、チョコレートソース」などの商品に使用される場合、誤認を生じさせるおそれがないと認めた。
行政訴訟において、一部の商品を放棄する効果については、まだ統一的な司法基準が確定されていない点に留意が必要である。行政機関が商品の削除申請を処理していない場合、裁判所は訴訟における放棄の陳述を直接認めるべきではない。しかし、出願人が一部の商品を放棄した結果、この部分の拒絶不服審決が既に確定し、残りの商品のみを審査対象となったケースもある。リスクを軽減するために、出願人には拒絶査定不服審判段階で誤認を生じさせるおそれのある商品を削除することを推奨する。拒絶査定不服審判の段階で削除しなかったでも、行政訴訟提起と同時に国家知識産権局に削除を申請することができ、通常1~2ヶ月で許可される。
(2)国際登録商標における商品の表現の補正による「欺瞞性」の克服
特定の化学元素等を含む商標の場合、関連商品に限定したとしても欺瞞性があると判断される可能性がある。このような場合、指定商品の表現を補正することで、指定商品に確かに係争商標に含まれる化学元素が含有されていることを明確に示し、誤認の恐れを排除することができる。
筆者が代理した事例において、係争商標は化学元素「Ti」を含んでいたため、欺瞞性があると指摘され、拒絶査定を受けた。出願人が国際事務局を通じて商品の表現を「Tiを含有する」商品に限定した後も、国家知識産権局は拒絶査定不服審判段階において依然として欺瞞性を有すると判断した。裁判所は、「Ti」という表示が商品の原材料特徴と一致しており、公衆に誤認を生じるものではないと判断し、最終的に当該商標は欺瞞性がないと判断した。
したがって、化学元素を含むことを理由に拒絶された商標については、商品の表現を補正することにより、欺瞞性条項の適用を効果的に回避し得る。ただし、中国国内の商標出願に関しては、国家知識産権局が商品の表現形式に対して厳格な形式審査を行うため、このような修正は通常認められないことに注意を要する。一方、国際登録の場合、マドリッド国際登録出願の削除申請(MM6)手続を通じて、指定商品の表現を修正または限定することが可能となる。
さらに、使用商品に確かに特定の原材料が含まれることを証明する使用証拠を提出した場合であっても、「将来の商品に常に当該原材料が含まれることを保証できない」という理由で拒絶された事例について、当該商標が国際登録商標である場合、指定商品に特定の原材料が含まれることを保証するために、指定商品の表現を補正することで、欺瞞性条項の適用を回避し得る。
(3)使用証拠の提出による「欺瞞性」の克服
①使用証拠の提出による誤認可能性の克服
「欺瞞性」条項の認定において、商標の使用状況は、登録の障害の回避に寄与し得るか?国家知識産権局の見解では、『商標法』第10条第1項第7号は絶対的禁止条項であるため、当事者が商標の実際の使用によって登録障害を克服することはできないとされている。司法実務においては、裁判所の見解が統一されておらず、ケースバイケースで分析する必要である。筆者は使用証拠の提出が登録障害の回避に積極的役割を果たし得ると考える。
(2021)京行申2030号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、北京市高等裁判所は、チャチャ社による係争商標「坚果先生(ミスターナッツ)」の使用が禁止条項を突破できないと判断した。一方、(2022) 京行終1898号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、北京市高等裁判所は、「国窖班」は全体的に商品の品質を表すものではなく、商標「国窖」は知名度を有し、公衆に誤認を生じさせることがないと判断し、最終的に登録を認めた。このように、「欺瞞性」を克服するための使用証拠の提出にかかる類似事件にもかかわらず、北京市高等裁判所は全く異なる判断を下した。(2022) 京行終1898号事件における係争商標は、原材料を含む商標ではないが、裁判所の判断から、欺瞞性条項を克服するために、使用証拠の提出が積極的な役割を果たしたと推測できる。
さらに、(2025)京行終1874号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、商標出願人は、そのシリーズ商標「极氪(極Kr)」が「自動車」などの商品に使用され、吉利社との間に既に安定した対応関係と市場認知を形成しており、そして、今まで一切「欺瞞的」状況が発生していないないと主張した。北京市高等裁判所は、提出された証拠から、「极氪(極Kr)」ブランドが国内外で広範に宣伝され、実際に市場で使用が開始されており、「自動車」商品において一定の知名度を有し、使用過程において、商品の原材料や成分の特徴について公衆に誤認を生じさせることがないと認定した。係争商標「极氪X(極KrX)」が指定商品に使用されることは、商標法第10条第1項第7号の規定に違反しないと判断した。この事例も、たとえ欺瞞性条項の認定が問題となった場合であっても、商標の使用証拠が誤認の可能性を排除する上で積極的な役割を果たし得ることを示している。したがって、使用により一定の影響力を得た商標については、できるだけ使用証拠を収集し、提出することを提案する。
②測定報告書の提出による欺瞞性の克服
(2019)最高法行再249号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、最高裁判所は以下のように認定した。「武漢立志社が提出した証拠から出願商標を使用する商品の配合には、氷砂糖と蜂蜜の成分が含まれている。『肾源春冰糖蜜液(腎源春氷糖蜂蜜液)』の標章からだけでは、指定商品に出願商標を使用することが、関連公衆に商品の原材料、成分などの特徴について誤認を生じさせることを認定するには十分ではない、公衆に対する欺瞞に当たると結論付けることは難しい。」当該事件では、商標出願人が「腎源春氷糖蜂蜜液」商品の機能測定報告書、食品安全毒性試験報告書を提出した。つまり、商標出願人は、指定商品には確かに係争商標に含まれる原材料を使用している使用証拠を提出することで、欺瞞性を克服した。
『商標法』第10条第1項第7号は絶対的禁止条項であるが、測定報告書などの提出を通じて欺瞞性を克服してみることができる。あるいは、大量かつ高品質な使用証拠を提出することで、当該商標が市場において長期にわたり広範かつ規範的に使用され、安定的な市場秩序を形成したこと、さらに関連公衆がそれを商標として認識し、指定商品の原材料などの特徴について誤認を生じないことを証明すれば、、欺瞞性条項の制限を突破すできる可能性があると筆者は考えている。
(4)商標の全体的な意味が原材料等の特徴を表していないと主張可能
よく見られる化学元素ではないものを含む商標について、商標の全体的な意味が商品の原材料等の特徴を表していないことを主張することで、欺瞞性条項の適用を回避することができる。
上記(2025)京行終1874号事件において、一審の北京知的財産裁判所は、係争商標「极氪X」に含まれている「氪(Kr)」が化学元素であるため、指定された審判商品に商標として使用すると、関連公衆が当該商品の主要原材料、成分の特徴について誤認を生じさせるおそれがあると判断した。二審において、商標出願人は、係争商標は全体として識別されるべきであり、「极氪」は造語であるため、商品の原材料の特徴を表示する意味を持たないと主張した。これに対し、北京市高等裁判所は、「Kr」は確かに化学元素ではあるが、漢字「极氪」が「オートバイ、自動車、自動車シャーシ」などの審判商品に商標として使用される場合、公衆が日常生活の経験と通常の認識レベル、認識能力に基づいて、これは審判商品の主要原材料、成分の特徴などと連想せず、誤認を生じさせることはないと判断した。
同様に、(2016)京行終2384号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、北京市高等裁判所は、係争商標は「肽帅(ペプチド・帥)」から組み合わせたものであり、全体として特定の意味を持たないと判断した。仮に出願商標の指定使用商品に「ペプチド」が特指する化学原料が含まれていなくても、それをもって出願商標全体が欺瞞有する的であると認定することはできないとした。同様に、(2018)京73行初13085号商標拒絶査定不服審判取消訴訟事件において、北京知的財産裁判所は、第26252896号商標「肽嫩及图(ペプチド嫩及び図)」が全体として特定の意味を有さず、「化粧品、洗顔料、洗剤、研磨剤、ジャケットオイル、エッセンシャルオイル」などの商品に指定使用した場合であっても、商品に「肽(ペプチド)」が指定する化学原料が含まれていないとしても、係争商標全体が欺瞞的であるとは認められないと判断した。
要するに、化学元素またはほかの元素を含む商標について、原材料等の特徴に関する説明ではなく、公衆が日常生活の経験に基づいて誤認を生じさせるおそれがない場合には商標全体として欺瞞性がなく、公衆の誤認を招くものではないと主張できる。
4. おわりに
本稿では、商品の原材料を含む商標標章のみに焦点を当て、欺瞞性条項に対する抗弁方法を考察した。本稿で提案する対策は、商標の権利付与・権利確定の実務に頻繁に出た問題を基にまとめたものである。具体的な事件において、対象となる商標と商品の特性を踏まえて、最も効果的な抗弁戦略を構築する必要がある。同時に、商標標章自体の識別性も極めて重要であり、標章自体に識別性を欠けている場合、仮に欺瞞性条項の適用を成功に回避したとしても、識別性の欠如により登録できない可能性があることに留意すべきである。
『商標法』第10条第1項第7号の審査と適用は慎重な立場を堅持すべきである。現行法によれば、商標が一旦欺瞞性を有すると判断された場合、その使用には罰則が伴う可能性がある。したがって、この条項の適用は、実際に誤認を生じさせ、かつその誤認の程度が比較的深刻なレベルに達している場合に限られることが適切である。
欺瞞性条項に関わる拒絶査定不服審判案件の成功率は低く、行政訴訟を通じて同条項の適用を覆すことも一定の困難があるが、商標出願人にとって、係争商標が自身のコア・重要な商標である場合、困難な状況を乗り越えて、商標の価値を再度発揮できるよう、あらゆる可能な対策を検討して、抗弁の方法を模索すべきである。
_____________________________________________________________
1この部分のデータのソースは摩知輪データベース(https://home.mozlen.com/)で、図表は作者より整理したものである。