中国弁護士・商標弁理士 姚 敏
北京魏啓学法律事務所
北京魏啓学法律事務所
多くの出願人は商標出願の段階で、先行する類似商標が存在することによって、拒絶査定されてしまうと経験したことがある。このような場合、拒絶査定された商標が登録できず、そのまま使用された場合、他人の権利侵害に該当するのか否かということが、よく問題となっているが、単なる「イエス」又は「ノー」で答えられない。『商標法』第57条の規定によれば、商標又は商品が完全に同一でない場合、権利侵害が成立するか否かを判断する基準は、「混同を生じさせやすいか否か」である。しかし、「混同の可能性」は商標の拒絶査定に関する情報だけから判断することはできず、法律、規則及び事件の実際の状況を総合的に判断する必要がある。本稿では、法律規定、司法実務及び典型的な判例から取りかかり、「混同の可能性」の適用ロジックを分析していくが、商標出願人に実務の参考にしてもらえれば幸いである。
I. 法律規定:「商標及び商品が同一」と「商標又は商品が完全に同一でない」の区別
中国現行の『商標法』第57条の前2項には、以下のような場合、商標権侵害に該当すると規定している。(一)商標登録者の許諾を得ずに、同一の商品にその登録商標と同一の商標を使用しているとき。(二)商標登録者の許諾を得ずに、同一の商品にその登録商標と類似の商標を使用するか、又は類似の商品にその登録商標と同一もしくは類似の商標を使用し、混同を生じさせやすいとき。
また、『商標法』上記規定では、商標権侵害行為に対して、「商標及び商品が同一」及び「商標又は商品が完全に同一でない」について明確に区別している。
1.「商標及び商品が同一」に該当する状況:被疑侵害商標と登録商標は完全に同一であり、且つ同一の商品に使用されている。この場合、法律は侵害が直接成立すると推定し、混同の可能性について、特に証明する必要はない。
2.「商標又は商品が完全に同一でない」に該当する状況:商標又は商品に差異がある場合(例えば、商標が類似しているか、商品が類似しているかなど)、この場合、「混同を生じさせやすいか否か」をさらに判断することで、権利侵害か否かを認定する必要がある。
もし、「商標及び商品が同一」に該当する場合、権利侵害事実が明らかであり、権利侵害となるリスクが極めて高いため、商標出願人はこのような状況をできるだけ回避すべきである。商標出願人は改めて商標をデザインして、先行登録商標との差異をできるだけ大きくすることで、権利侵害リスクを低減させなければならない。
一方、「商標又は商品が完全に同一でない」に該当する場合、商標権侵害の判断はより複雑である。司法実務において、多くの被疑侵害行為は、単純な「商標及び商品が同一」の状況ではなく、混同の可能性を判断することが「商標又は商品が完全に同一でない」の状況下で、商標権侵害が成立するか否かのポイントとなる。混同の可能性の判断は、双方の商標情報によるだけでなく、具体的な事件の状況を結び付けて分析しなければならない。「商標又は商品が完全に同一でない」の場合、混同を生じさせやすいか否かを慎重に評価する必要があり、それに基づいて商標権侵害に該当するか否かを判断することが求められる。
II. 司法実務における「混同の可能性」の判断要素についてのまとめ
中国の長きにわたる商標権侵害に関する司法実務においては、混同を生じさせやすいか否かを判断する際、通常、商標の類似程度、商品の類似程度、登録商標の顕著性と知名度、実際の商標使用の方式などの要素を総合的に考慮した上で、権利侵害に該当するか否かを判断している。
国家知識産権局は2020年6月15日、『商標権侵害判断基準』第21条において、混同を生じさせやすい判断要因についてより全面的にまとめている。具体的には以下のとおりである。
(一)商標の類似状況
(二)商品又は役務の類似状況
(三)登録商標の顕著性と知名度
(四)商品又は役務の特徴及び商標使用の方式
(五)関連公衆の注意力及び認知レベル
(六)その他の関連要素
上記6つの「混同の可能性」の判断要素には具体的に以下の内容が含まれる。
(1)商標の類似状況:商標の文字、図形、発音、意味などの各要素の類似程度を主に考慮すると、類似程度が高いほど、混同の可能性もますます高くなる。
(2)商品又は役務の類似状況:商品又は役務の機能、用途、生産部門、販売ルート、消費対象などとの関連性を主に考慮すると、関連性が強いほど、混同を生じさせやすくなる。
(3)登録商標の顕著性と知名度:顕著性が強く、知名度が高い商標は、消費者に識別されやすく、覚えられやすい。そのため、他者が類似商標を使用すると、混同の可能性も相対的に高くなる。
(4)商品又は役務の特徴及び商標使用の方式:商品の性質、価格、包装、使用シーン及び商標使用の位置、方法、頻度などが含まれ、いずれも消費者の商品の出所に対する判断に影響を及ぼす。
(5)関連公衆の注意力及び認知レベル:異なる消費グループの商標に対する注意力や認知能力に差異があることも、混同の可能性を判断する際に考慮すべき要素である。
(6)その他の関連要素:本項目は包括条項であり、個別案件における特別な状況に予め余地を残すことで、判断の全面性及び公平性を確保するものである。
『商標権侵害判断基準』は、各地の商標執行部門が商標権侵害事件を処理し、取り締まるために根拠を提供するものであり、その混同の判断基準は中国の長年にわたる司法実務と一致している。上記前5つの要素は、商標権侵害事件において混同の可能性を判断する際によく用いられる判断要素である。
III. 実務判例分析
商標権侵害事件において、「混同の可能性」を判断する考慮要素及び具体的な適用をより分かりやすく説明するため、本稿では、裁判所が混同を生じさせやすいと認定した判例、混同を生じさせにくいと認定した判例の両方を取り上げて、分析を行うものである。
(一)混同を生じさせやすいと認定され、権利侵害が成立した判例
判例1:原告ヴァレオ社(VALEO)が被告浙江義烏鑫隆潤滑油有限公司などを訴えた商標権侵害事件、第一審事件番号:(2019)浙01民初1215号
本件において、原告は第7類及び第12類の商品を指定商品として、「法雷奥」(第874279号、第902723号)及び「Valeo」(第4651830号、第4651833号)について登録商標専用権を有している。被告は潤滑油商品において「Valen」、「Valeo」及び「法雷奥」などの標識を使用していた。裁判所は、被訴侵害標識と原告の登録商標とは類似商標に該当すると認定した。被訴侵害商品である潤滑油と、権利者の登録商標の指定商品である自動車用エンジン、自動車部品製品は、指定商品の区分は異なるものの、いずれも自動車用品であり、自動車の正常な使用に不可欠な付属品であり、機能、用途、販売ルート、消費対象などの面において極めて類似しているため、強い関連性を有する。したがって、原告商標の高い知名度と顕著性及び被告の原告ブランド力への便乗行為(香港における「法雷奥」、「Valeo」商号の企業の登録、製品の包装装飾に香港の企業名称などの表示を含む)を結び付けて、裁判所は、被訴侵害商標の使用は混同を生じさせやすいと判断し、商標権侵害が成立すると認定した。
判例2:原告慕思健康睡眠股份有限公司が被告佛山市希玥家具有限公司を訴えた商標権侵害事件、第一審事件番号:(2023)浙01民初734号、第二審事件番号:(2024)浙民終219号
本件において、原告は第20類「家具」などの商品を指定商品として、第3958940号「慕思de RUCCI」商標及び第6947074号「慕思」などの商標を登録している。被告はマットレス商品において、「慕斯迪爾」標識を使用していた。裁判所は、原告の登録商標「慕思」が比較的強い顕著性を有し、且つ使用を経て比較的高い知名度を獲得していると認定した。被訴侵害標識の主要な識別部分である「慕斯」と登録商標の頭文字とは同一で、発音も同一である。被訴侵害標識「慕斯迪爾」は、「慕斯」と「迪爾」を単に組み合わせたものであり、特定の意味や指向性を持たず、特別な顕著性の効果ももたらさない。被訴侵害商品のマットレスと原告の登録商標の指定商品は類似している。裁判所は、被訴侵害商標の使用が混同を生じさせやすいと判断し、商標権侵害が成立すると認定した。
上記判例1の被訴侵害商品である潤滑油は第4類に属し、中国の商標登録用『類似商品及び役務区分表』によれば、それは、第7類及び第12類の商品と類似していない。しかし、裁判所は、商品の機能、用途、販売ルート、消費対象などを総合的に考慮して、被訴侵害商品と商標権者の登録商標の指定商品とは強い関連性を有しているため、類似商品に該当すると認定した。商標権侵害事件において、商品が類似するか否かは完全に区分表に委ねるわけではなく、裁判所は商業の実態をより重視し、多方面の要素を総合的に考慮して、類似商品に該当するか否かを認定している。判例2では、被訴侵害標識と登録商標自体に関して、両者は文字内容、文字数、全体的な外観において一定の差異があるものの、裁判所は登録商標の顕著性と知名度を十分に考慮して、両者が類似商標に該当すると認定した上で、被訴侵害標識の使用により混同を生じさせやすいと判断した。この2つの判例の共通点は、係争登録商標の属する業界内でいずれも比較的高い知名度を有していることである。登録商標の知名度が高いほど、類似商品に対する認定は、区分表の範囲を超える可能性があり、商標類似の認定もより厳しくなる。被訴侵害者が一定の関連性を有する商品において同一又は類似する商標を使用すると、他人の商標に便乗しようとする意図があるとみなされ、消費者に混同を生じさせやすくなる。この点について十分に留意する必要があるため、未登録商標を使用する際は十分注意しなければならない。
(二)混同を生じさせにくいと認定され、権利侵害が成立しなかった判例
判例3:原告朱叶情が被告温州市鹿城区蒲鞋市陡申小吃店を訴えた商標権侵害事件、第一審事件番号:(2019)浙03民初655号、第二審事件番号:(2020)浙民終401号
本件において、原告は第43類第14227351号「三姉妹冷麺及び図」、第3219143号「松竹三姉妹」商標の温州地区における専用使用権を取得していた。被告は温州で軽食店を経営し、店舗の看板に「陳氏三姉妹」(以下の通り)を使用していた。原告はその温州地区における専用使用権に基づいて、被告に対して商標権侵害訴訟を提起した。裁判所は多方面の要因を総合的に考慮した結果、被訴侵害標識の使用によって関連公衆の混同や誤認を生じさせていないとして、被訴侵害行為は商標権侵害に該当しないと認定した。具体的な理由は以下の通りである。
(1)本件に関わる2つの登録商標とも顕著性が強くなく、知名度もさほど高くない。「三姉妹」という文字は、家族メンバーによる共同経営の飲食サービス店の名称としてよく見られ、固有の顕著性が弱い。しかも、原告は本件に関わる2つの商標の温州地区における専用使用権を取得したものの、実際に使用したことはない。
(2)温州では、実際に30~40年の歴史のある「府学巷三姉妹」という朝ごはん専門店が営業を続けており、当地で比較的高い知名度を有している。被訴標識「陳氏三姉妹及び図」は「府学巷三姉妹」と直接的な継承関係を有していないが、「府学巷三姉妹」における長女は、被訴侵害標識「陳氏三姉妹」のブランド創設者と母子関係にあり、被訴侵害標識「陳氏三姉妹」の使用には一定の歴史的経緯がある。
(3)本件に関わる2つの登録商標の顕著性は強くなく、知名度が低いということに鑑み、被訴侵害標識と登録商標とは外観に一定の差異があり、被告が原告商標の名声に便乗しようとする主観的意図が明らかではないため、両者は類似に該当しないと判断し、関連公衆の混同や誤認を引き起こすおそれはないと認定すべきである。
判例4:原告北京七彩名苑珠宝有限責任公司が被告江陰型度電子商務有限公司を訴えた商標権侵害事件、第一審事件番号(2022)蘇0281民初5718号、第二審事件番号:(2022)蘇02民終211号
本件において、原告は第14類「宝石(アクセサリー)、ネックレス(アクセサリー)」などの商品を指定商品として、第7528367号「OVV」の商標専用権を有している。被告は第25類の商品を指定商品として、「OVV」の商標専用権を有し、「OVV」というブランド名でレディースファッションを主に経営すると共に、ネックレスや指輪などのアクセサリーを衣類の装飾物として販売している。
裁判所は、被訴侵害商品であるネックレスや指輪などと、本件係争登録商標の指定商品とが同種商品に該当すると認定したため、被訴侵害標識と本件係争登録商標とが類似商標に該当すると判断した。しかし、裁判所は以下の要素を総合的に考慮し、被訴侵害標識の使用によって、関連公衆の混同や誤認を引き起こすおそれはないと判断し、被訴行為自体は商標権侵害に該当しないと認定した。
(1)本件係争登録商標が高い知名度及び顕著性を有していることを証明できる十分な証拠はなく、関連公衆に知名度の低い商標に対して混同を生じさせるおそれはない。
(2)原告は高価格且つ高ランクの翡翠、トルマリン、琥珀、瑪瑙、真珠などのアクセサリーを主に販売している。被訴侵害商品とは同じくアクセサリーであるものの、材質は主に合金であり、価格が低く、且つ被告京東店舗では「装飾物」というカテゴリーに分類されており、衣類のコーディネートとしての役割を果たしている。したがって、原告が販売する宝石・アクセサリー商品と被訴侵害商品の購入者層や使用シーンには差異がある。
(3)被訴侵害商品は被告京東店舗「OVV旗艦店」で販売されており、被告の主力商品は「OVV」ブランドのレディースファッションであるため、消費者が「OVV旗艦店」にアクセスして関連商品を閲覧・購入する際、装飾物商品の出所が被告であることを明確に認識でき、商品の出所を原告商品と誤認することはない。
判例5:原告瀋陽艾爾瑪商貿有限公司が被告重慶易寵科技有限公司を訴えた商標権侵害事件、第一審事件番号(2019)遼01民初779号、第二審事件番号:(2019)遼民終221号
本件において、原告は第31類「動物用食品」などの商品を指定商品として、第18463413号「百利本能」の商標専用権を有している。被告はその経営する「E寵商城」において、アメリカから輸入したペットフードを販売していた。裁判所は、被訴侵害商品であるペットフードと、本件係争登録商標の指定商品とは同一商品に該当し、被訴侵害標識と原告の登録商標には一定の類似性を有すると認定した。しかし、裁判所は以下の要素を総合的に考慮し、被訴侵害標識の使用によって、関連公衆の混同や誤認を引き起こすことはなく、被訴行為自体は商標権侵害に該当しないと認定した。
(1)被告が宣伝過程において「本能」という文字を使用したのは、輸入商品であるアメリカの登録商標「INSTINCT」に対応する中国語訳であり、当該製品がNature's Variety Inc(「百利公司」と訳される)に由来するものであるからであり、「百利本能」の使用には、一定の根拠がある。
(2)被告は宣伝過程の大部分において、「百利本能」を直接表示したり、際立って使用したりすることはなく、「百利instinct本能」又は「百利本能instinct」を使用して、商品の外包装にはいかなる中国語標識もなかった。さらに、被告はその販売する各商品の宣伝において、いずれも「アメリカからの完成品輸入」という文字が表示されており、関連消費者は上記の宣伝内容と実物の写真を組み合わせることで、当該商品がアメリカから輸入した百利公司の「本能」シリーズ製品であり、原告の商品ではないことを容易に判断できる。
(3)現有の証拠だけにより、原告の商標がペットフード分野で一定の知名度を有していることを証明できない。むしろ、被告は2012年からNature's Variety Inc(「百利公司」と訳される)の「INSTINCT」(中国語訳「本能」)シリーズのペットフードを販売しており、商品紹介において「アメリカからの完成品輸入百利instinct本能」又は「アメリカからの完成品輸入」シリーズ製品と表示し、長期にわたる経営と販売を通じて一定の消費者グループを獲得し、関連市場において高い評価を得ている。
(4)ペットフードの消費者はそのペットに対する愛情から、通常、ペットフードの安全性や栄養などの問題に高い関心を持っており、被告が提供する商品が輸入ペットフードであり、原告の国産ペットフードではないことを見分けることは難しいことではない。したがって、関連公衆は商品の出所について混同や誤認を生じさせにくい。
上記3つの判例では、被訴侵害商標と登録商標と類似しており、被訴侵害商品と登録商標の指定商品とは同一又は類似しているものの、裁判所は事件の事実を全面的に審査する際、商標の顕著性の程度、商標の知名度の高さ、商標使用の歴史経緯、商品の位置づけの違い、消費シーンの違い、中英対応翻訳の正確性及び消費者の認知能力などの様々な要素を総合的に考慮した。慎重な比較判断の結果、被訴侵害商標の使用が関連公衆に混同を生じさせにくいと最終的に認定し、商標侵害は成立しないと認定した。判例3、4、5に共通する特徴は、係争登録商標のいずれもが高い市場知名度に欠けていることであった。
登録商標の知名度は、商標の類似判断、商品の類似判断及び混同の可能性判断などの重要な段階において、いずれも極めて重要な影響を及ぼし、商標権侵害判定において軽視できない核心的な要素となっている。それにより、類似の商標また類似商品の認定基準が左右されるだけでなく、消費者の商品又は役務の出所に対する認識及び判断にも関わるし、さらに権利侵害行為が成立するか否かは決められる。したがって、商標使用人にとって、他人の登録商標の知名度を正確に判断することは、商標権侵害リスクの予測と判断にとって重要な意義を有している。
IV. まとめ及びアドバイス
「商標又は商品が完全に同一でない」に係る商標権侵害事件において、混同の可能性は侵害が成立するか否かを判断する核心的な要素である。判断する際に、商標の類似程度、商品の類似程度、権利商標の顕著性と知名度、商標の実際の使用方式など、複数の要素から総合的に分析する必要がある。商標出願人にとって、ブランドの使用前に、類似商標を全面的に検索することは非常に重要であり、これにより「衝突」のリスクを効果的に回避することができる。商標使用の過程において、自身の特徴を際立たせ、著名ブランドの模倣を避け、市場において混同を引き起こす可能性を避けるべきである。もし何か特別な理由があって、先行登録商標とある程度類似している商標を使用する必要がある場合(例えば、商品を統一的に製造し、全世界で販売するために統一商標を使用する必要がある場合)、専門の弁護士に相談し、登録商標の状況について全面的且つ詳細な調査を行うことで、商標権侵害のリスクをより正確に把握し予測することをお勧めする。侵害訴訟に遭遇した場合でも、商標の顕著性、知名度、商品の差異、合理的な使用などの観点から抗弁することができる。