中国弁護士 王 艶
中国弁護士 王 炳卉
北京魏啓学法律事務所

はじめに

周知のように、商標の権利授与・権利確定案件において、同一又は類似する商品における類似商標に該当するか否かは、最も一般的な論争の1つである。商標の類似判断は、多くの商標問題を解決するための基礎である。今年1月1日より実施された『商標審査審理指南』は、類似商標に該当する具体的な状況を複数列挙している。ただし、実務には、実際の商標出願はモデル化されたものではないため、審査指南ではすべての案例を網羅することはできない。したがって、指南を適用した場合、案件の独自の具体的な状況の相違に基づいて個別の分析を行う必要がある。同時に、知的財産権に対する国家レベルの重視度の高まりにつれて、商標出願の件数は年々増加するようになっているが、悪意的な先取出願は多発し、先取りのパターンも絶えず変化されている。特に、既存の審査指南をそのまま適用したら審査段階で先取り出願を完全に規制できない場合も現れ、商標審査機関及び商標代理業界の両方に新たな課題を齎している。

本文では、「2020年度商標異議申立、審判典型事例」に選ばれた「好待百」、「夢多加喱」との2件商標異議申立事例を切口として取り上げ、実践中、商標出願人の悪意による商標類似判断に対する影響を分析し、抛磚引玉の役割を果たせればと考える。

1. 案件詳細

上記の典型的事例は、当所が「ハウス食品グループ本社株式会社」(以下、ハウス社という)を代理し、「南京姚盛商貿有限公司の「好待百」「夢多加喱」2件商標に対して提起した異議申立案件である。ハウス社は日本有名の食品企業で、製品は主にカレー、調味料、スナック、健康食品などを含み、特にカレー製品に関して高い市場シェアを有する。異議申立人は中国市場に進出して以来、その製品が数々の賞を受賞しており、その所有する「好侍」、「百夢多」、「味嘟嘟」などの商標は、既に中国の食品業界及び消費者に熟知されたブランドに成長していた。近年、ブランドの影響力の拡大に伴い、ハウス社の商標に対する悪意的な模倣事例が多発し、その中には粗雑な製品の製造・販売が伴われる件が複数あった。本件の被異議申立人である「南京姚盛商貿有限公司」は、「好侍」、「百夢多」商標を模倣して「好待百夢卶加喱」、「好待白夢卶加喱」、「好待百」、および「夢多加喱」を連続的に出願した。また、「古越龍山」などの他人の知名商標も模倣出願し、ハウス社を含む他の先行権利者の合法的な利益を甚だしく侵害した。

異議申立書類の準備段階において、当方は被異議申立人の関係状況を調査したところ、被異議申立人の法定代表者である「葉某芬」は南京市に「南京市六合区日益食品販売センター」という個人事業主を経営しており、そして、「葉某波」という人物は同じく「日益」を商号にして「南京市江寧区日益食品販売センター」という個人事業主を経営しており、この「葉某波」も複数の他人知名商標を模倣出願していることを確認できた。さらに調査したら、「葉某波」はハウス社が以前別件で調査発見した「好侍」、「百夢多」の模倣商標を繰り返して出願した別の自然人「葉某水」という人物がパートナーのようで、共同出資で「南京匯徳豊食品商貿有限公司」を経営している。また、「葉某波」、「葉某水」及び被異議申立人の「南京姚盛商貿有限公司」の関連先取り商標が同じく「済南速盈知識産権代理有限公司」という代理企業に依頼したことを確認できた。これは明らかに偶然だと解釈できず、その互いが関連している可能性が高いと思われる。そのため、当該異議申立案件において、当方は「好侍」、「百夢多」商標の知名度及び先行商標権を主張すると同時に、ハウス社の商標を含む多数の他人商標を模倣する事実、ほかの先取り出願人との関連性、事業内容の関連性などについて被異議申立人の先取り事実及び模倣の悪意に焦点を当てて詳しく論述した。

ただし、『商標法』第30条に規定する「同一または類似する商品における同一または類似する商標」に該当すると主張する際に、いくつかの問題もあった。以下に示すように、2件被異議申立商標と引用商標の対比図を見れば分かるように、商標の文字構成、発音、観念及び全体的外観からすると、双方には明らかに区別があるに間違いない。従来の商標審査理念に基づいてこの2件を孤立的に捉える場合、引用商標と類似商標に該当しないと判断されるのは一般的である。
 
 
 
具体的には、引用商標「好侍」と比較して、被異議申立商標「好待百」は「好」一文字のみ同一である。しかも、「好」は「良い」という意味の言葉で、商標では良い意味を表す言葉としてよく使われている。このように、双方の類似性は非常に低い。同じように、もう一件の被異議申立商標「夢多加喱」と引用商標「百夢多」は、同一要素「夢多」を含んでいるが、全体的な外観、称呼、観念の観点から、それらの類似性は同じく高くない。

ただし、2つの被異議申立商標を組み合わせて見ると、結論は異なる。事実上、実際の使用では、引用商標「好侍」と「百夢多」は通常一緒に使用され、ハウス社のメインカレーブランドである「百夢多」は、その商号商標「好侍」と高い関連性がある。 「好待百」と「夢多加喱」の2件被異議申立商標は、「好侍」、「百夢多」、「咖喱(カレー)」の3つの要素の分割・組み合わせであり、被異議申立人は明らかに引用商標を知っている上、類似性の審査を回避するために意図的に被異議申立商標を考案したのである。被異議申立人が「好待百夢卶加喱」及び「好待白夢卶加喱」のような商標も出願していたことを考えると、合理的な推理により、「好待百」と「夢多加喱」の2件を出願する行為に明らかに悪意が含まれ、登録後に組み合わせて使用することにより、ハウス社の「好侍百夢多」ブランドをタダノリする不正な狙いが潜んでいる事実には辿り着けられる。そのため、この2件被異議申立商標は孤立な案として審査するべからず、合併審理が必要となり、そして、被異議申立商標と引用商標とは類似すると認められるべきである。結果的に、上記の主張は審査官に認められたものであり、2件異議申立とも、被異議申立商標と引用商標が類似商標に該当すると判断され、『商標法』第30条が適用されて被異議申立商標の登録が拒絶された。

2. 類似判断における先取り出願人の悪意による影響

本異議申立案件について、『中国知識産権報(China Intellectual Property News)』に掲載された審査官のコメントは次のように指摘した。「他人の有名商標を改変または分割して商標出願する行為については、商標審査において各商標を孤立的に審査して商標間の内在的関連を分断するのではなく、出願人の同一の主観的な悪意の支配下による商標出願を1つの全体として考慮し、上記複数の異議申立案件を合併審理することにより、双方商標の類似度、先行商標の知名度、後願出願人の主観的意図などの要素を纏めて考慮することで、「タダノリ」の行為を制止し、公平公正の審理結果に達する目的を実現する」。当該コメントは、先取り商標出願人が悪意を持っている場合、商標局は審査時に分断的に審査せず、その出願人の同一の主観的悪意の支配下で出願した一連の商標を1つの括りとして考慮することで、「タダノリ」の行為を有効的に止める意向を明確にした。

実際、先取り出願人の主観的悪意に対する審査については、今年新たに施行された『商標審査審理指南』にも規定があった。同一・類似商標の審査、審理編には、3.2.4商標出願人の主観的意図に対する審査が追加され、当該規定によれば、「出所を混同させやすいかどうかを判断する際に、商標出願人の主観的意図を考慮する必要がある。他の要素が同じで、商標出願人に明らかな悪意がある場合、公衆の混同を招きやすい」。この規定は、これまでの実務において既にある程度適用された悪意の審査を審査指南において明文化し、そのような先取り商標の類似判断に指導的な依拠を提供した。登録出願審査段階では、類似検索システムの制限により、他人商標の文字などを置き換え、分割、組合わせして出願したら、審査では検出することが困難である。したがって、このような隠蔽性の強い先取り行為は現在の類似審査で抜けられる可能性が依然としてある。そこで、商標の類似を判断する際に、商標出願人の主観的意図の考察を審査指南において明確にしたことは、異議申立又は無効審判などの救済手続きを通して第30条を主張して権利保護を求める意向を持つ先行権利者にとっては、非常に有益である。特定の場合、先取り出願人の悪意に関する挙証の成否は、審理結果に直接影響することがある。また、案件の審理では、主観的悪意の一貫性を考察することで、類似検索を回避するために別々で出願した同一出願人の複数の商標とを結び付けて審理することが可能となり、ある程度審査資源を節約し、「同一状況は同一処理」を実現し、審査中の矛盾判定を回避することもできる。
 
3. 類似状況の事例

検索したところ、本件と状況が類似する悪意的商標先取り案件が複数存在する。例えば、第19751004号「亖公」商標及び第19751164号「牛亖」商標の無効審判案件では、無効審判請求人公牛グループ株式会社は、この2件商標がその先行知名商標「公牛」に対する分割であり、「公牛」と類似商標に該当すると主張した。審査基準によれば、「亖公」であろうと「牛亖」であろうと、全体的外観、文字構成、称呼などにおいていずれも「公牛」と著しい差異がある。その一方、当該案件では、審判官は依然として係争商標の使用及び登録は、関連公衆による混同および誤認をもたらしやすいと判断し、係争商標と引用商標が『商標法』第30条にいう類似商品における類似商標に該当すると認定した。当該案件の裁定書によれば、被請求人の名義の商標の大半は、他人の先行商標に対する分割で、例えば、「亖公」、「牛亖」、「亖南」、「孚亖」、「亖奔」、「腾亖」、「南目孚」、「目帝王」等がある。被請求人は、真の商標使用意図があることを証明可能な証拠を提出せず、商標の合理的な由来についても説明しなかったため、審判官は、当該被請求人の行為は明らかに他人商標をコピーする故意を有し、消費者に商品の由来を誤認させるだけでなく、正常な商標登録管理秩序を乱し、公平競争との市場秩序を損害すると認定した。当該事例から、悪意的先取り出願人の複数の商標の出願行為が審査中にリンクされて評価されたことは見て取れる。分割・組み合わせの出願方法で高い知名度のある先行商標を悪意的に先取り出願する行為については、『商標法』第30条をもって権利保護を請求可能である。

上記に類した案件はほかにもある。例えば、有名なビールブランド「燕京系列(シリーズ)」に対する悪意的商標出願第29554386号「燕系」と第29529843号「京列」、シェル石油の「壳牌(シェル)」及び「喜力(ハイネケン)」を先取りした第14485987号「口壳喜」と第12817802号「牌力」、ドイツ(ALMISAN)のマッサージクリームブランド「马栗露」、「热活马香膏」を模倣した第31052871号「马栗热活」、安徽省の家具ブランド「月嬌」、「月嬌融情」シリーズを模倣した第19975987号「月融嬌情及び図」商標(本件係争商標出願人は同時に第16274068号「嬌情」、第16273939号「月融」等を出願した。)などが挙げられる。

実践には、分割および組合せによる悪意的商標出願の事例は文字商標だけでなく、図形商標も含まれている。下表に示す例は他人の先行商標を分割してから出願したものである。見れば分かるように、これら図形を単独に観察したら、いずれも先行商標と類似しない。それが原因で、これら商標は審査を経ていずれも初歩査定公告された。先行権利者はこれらの商標が登録を受けた後に無効審判請求を提出したのである。
 
 
無効審判宣告案件では、審判官は請求人の商標類似主張を認め、係争商標の登録行為を不正手段で取得した登録、即ち悪意的先取り出願として評価した。裁定書の内容によれば、請求人より提出した証拠は、「ADNOC及びファルコン図」商標の石油分野における先行使用を証明できる。係争商標は請求人の「ADNOC及びファルコン図」商標におけるファルコン図の部分である。審理で判明した事実によれば、被請求人及び係争商標の元権利者は合計29件の商標を出願し、その中の多数は請求人の「ADNOC及びファルコン図」先行商標に対するコピーである。被請求人は係争商標の元権利者から請求人の先行商標を模倣した商標を複数件譲受した後、請求人の先行商標におけるファルコン図の部分を複数の図形に分割して商標出願を繰り返した。請求人は真の商標使用意図があることを証明可能な証拠を提出せず、商標の合理的な由来についても説明しなかったため、その登録出願行為は正当だと言えない。

以上から分かるように、他人の先行知名商標を分割又は組み合わせることは、既に比較的によく見られる悪意的商標出願手段の一種となっている。この方法はより隠蔽的で、商標登録出願の審査で発見することは非常に困難である。多くの場合、先取り出願を発見するために先行権利者は定期的な監視を実施する必要があり、そして異議申立、無効審判の後続手続きを通して権利保護を求める必要がある。「好待百」と「夢多加喱」典型案件に反映した審査思考は、上記の類似案件にも反映している。同一の主観的悪意の支配下で出願した一連の商標を1つの括りとして考慮することで、他人の商業名誉をタダノリする悪意を持って、知っていながらわざと反す、又は先取りを繰り返す出願人に焦点を当てることができる。

まとめ

2021年3月、国家知識産権局は「商標の悪意的先取り行為を取り締まるための特別行動計画」に関する通知を発行し、商標の悪意的先取り行為に対する特別措置に焦点を当て行動し、既に大きな成果を上げている。 また、2022年1月1日より正式的に実施された『商標審査審理指南』は上記の方針を継続し、悪意的出願行為に対してより厳しい規制を課す。「タダノリ」の利益に駆り立てられて、先取り行為はしばしば禁止しても絶えない。管理部門の行政審査資源を無駄にしたとともに、先行権利者の権利保護に大きな負担を加えている。審査段階及び異議申立、無効審判などの救済手続き段階にて、同一の主観的悪意による分割又は組合せ商標に対する厳格な審査により、先行権利者の合法的な権利をよりよく守り、一層公平な競争、誠実信用の市場環境及び法治環境を構築できればと考える。