北京魏啓学法律事務所
 
前書き
 
中国の経済発展パターンの急速な変化に伴い、技術革新が経済発展の未来を導く傾向がますます明らかになり、特許権の保護制度も次第に完備されるようになっている。近年、意匠権には、ますます多くの注目がかけられている。意匠の革新によって意匠権者が莫大な利益を収めることができる。通常、意匠の模倣に必要とされる技術力及びハードルが高くないため、市場価値の高い意匠が侵害対象となることはしばしばある。
 
弊所より取り扱った、物品名が「美容器」の意匠権侵害紛争事件である本件について、一審裁判所の北京知的裁判所が全額320万元の賠償額の請求を支持するとの判決をしたため、本件は今まで北京裁判所が判決した賠償額が最も高い意匠権侵害事件となった。本事件も北京高等裁判所により2016年度北京市裁判所知的財産司法保護10大典型事例に、最高裁判所により2016年度中国裁判所10大知的財産事件に選出され、中国国内外の広範囲で注目を浴び、大きな社会的影響力を持っている。
 
本文は当該事件を通じて、中国意匠侵害実務の侵害対比及び賠償責任の挙証について説明するので、ご参考になれば幸いと考える。
 
Ⅰ 事件の概要
1.基本情報
一審原告(二審の被上訴人) 松下電気産業株式会社
一審被告1(二審上訴人1) 珠海金稲電器有限公司
一審被告2(二審上訴人2)  北京麗康富雅商貿有限公司
 
審理の裁判所及び受理番号
一審  北京知的裁判所(2015)京知民初字第266号
二審  北京市高等裁判所(2016)京民終245号民事判決書
 
2.経緯
松下電気産業株式会社(以下、「パナソニック社」という)は、1918年に創業された日本の総合家電メーカーで、現在、世界の大手家電メーカーに成長してきた。パナソニック社は家電、映像・コミュニケーションソリューション事業、オートモーティブ関連事業、美容用品などの数々の業界で世界シェア上位を誇る。最も早く中国に進入した日本大手企業の1つとして、パナソニック社の製品は中国の人々にも愛用され、知名度が非常に高い。近年、パナソニック社が開発したフェイスケアのスチーマーは、中国の消費者の中で極めて高い人気を博している。
 
パナソニック社は、スチーマー製品の1つについて、2011年6月1日に中国特許庁に物品名が美容器の意匠を出願し、2012年9月5日に意匠登録になった。この意匠権は、登録公告番号がZL201130151611.3、優先日が2011年1月26日である。
 
珠海金稲電器有限公司(以下、「金稲社」という)は中国の美容装置のメーカーで、スチーマーがその定番製品である。金稲社は、2013年から、パナソニック社の本件意匠に係る物品であるKD2331(把手付き、把手なしの2種を含む)、KD2331T(把手なし)のスチーマーを大量に製造、販売、宣伝し始めた。パナソニック社は金稲社を警告したが、何の効果もなかったので、被疑侵害品を販売しているオンラインストアの北京麗康富雅商貿有限公司(以下、「麗康社」)と共同の被告として北京知的裁判所に意匠侵害訴訟を提起し、侵害行為を差し止めた上で、金稲社が経済損失額300万元、両被告が共同で合理的な支出20万元を賠償するよう請求した。
 
北京知的裁判所は、2015年2月に当該事件を受理し、2015年11月に、金稲社が製造したKD2331(把手付き、把手なしの2種を含む)、KD2331T(把手なし)がパナソニック社の本事件意匠に類似し、本事件意匠の権利範囲に属すると判断した上で、両被告が侵害行為を差し止め、金稲社が経済損失額300万元、金稲社、麗康社2社が訴訟のため支出された合理的な支出20万元を賠償する旨が命じられた(2015)京知民初字第266号民事判決書を言い渡した。
 
金稲社、麗康社は一審判決に対して不服があり、上訴した。北京市高等裁判所は、被疑侵害品が本事件意匠の権利範囲に属し、賠償額について、一審裁判所がパナソニック社の経済損害額の賠償請求を全額で支持することは、事実及び法的根拠があるとして、2016年12月に一審判決を維持する旨の(2016)京民終245号民事判決書を言い渡した。
 
Ⅱ 意匠権侵害紛争の侵害判断
本事件において、被疑侵害品は、把手付き、把手なしの2種類を含む。具体的な比較図は以下のとおりである。2種類の被疑侵害品はいずれも本事件意匠の権利範囲に属する。
 
 
    本事件意匠                      把手なしの被疑侵害品                   把手付き被疑侵害品
 
1.意匠の類否判断の原則
 
意匠の侵害対比は、全体から観察し、総合的に判断するという対比原則に従って判断する必要がある。意匠に係る物品が通常使用時に最も観察されやすい箇所及び意匠における公知意匠と相違する創作の特徴が全体の視覚効果により大きな影響がある。この判断基準が『特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈』第11条の規定に反映されている。当該第11条の規定によれば、裁判所は、意匠の類否判断を行うとき、登録意匠、被疑侵害意匠の創作の特徴に基づき、意匠の全体の視覚効果から総合的に判断しなければならない。通常、(1)製品の通常使用時に直接観察されやすい箇所は、その他の箇所と比較して、(2)登録意匠における公知意匠と相違する創作の特徴は、登録意匠におけるその他の創作の特徴と比較して、意匠の全体の視覚効果に対してより大きな影響がある。したがって、意匠の侵害対比を行うとき、相違点が決まった後、当該相違点が観察されやすい箇所であるかの説明及び相違点が登録意匠における公知意匠と相違する創作の特徴であるかの列挙が極めて重要である。
 
上記対比図から明らかなように、把手なしの被疑侵害品と本事件意匠とは、本体部全体の形状が同一であり、両者ともに略半楕円状で、斜め上方に60度で縮径した首部を形成したから、拡径によりラッパ状口部を形成するものである。また、両者は、首部の弧度及びラッパ状の口部の形状が同一であり、本体部に設けられたコントロールキーの位置、形状及び盾状注水口の位置、形状がすべて同一である。両者は、ベース部の環状凹溝、導線接続口、ベース部の底部の支点及び放熱孔の4点のみで相違する。しかし、これらの相違点は、一般消費者が物品の通常使用時に特に注意を払わない箇所又は直接観察されない箇所であるため、意匠全体の視覚効果への影響は小さい。一方、物品の本体部の外形及びその具体的なデザインが物品の通常使用時に直接観察されやすい箇所であり、本事件意匠における公知意匠と相違する創作の特徴でもあるので、全体の視覚効果への影響は大きい。本事件意匠と被疑侵害品のすべての創作の特徴及び全体の視覚効果への影響を総合的に考慮すれば、両者の全体の視覚効果が類似すると判断される。
 
把手付き被疑侵害品について、本事件意匠と比べて、一致点が上述したものと同一であり、相違点も基本的に同一であり、把手が設けられた点が唯一な相違点である。把手の相違点について、正面図から見ると、把手の上部の吊り上げのデザインが本体の口部の後ろに形成されている。したがって、全体から観察する場合、その美観及び外観を決める部分は主に本体部である。被疑侵害品の本体部は本事件意匠に比べて、全体の構造、輪郭が略同一であり、各構成部分及び全体に占める割合も基本的に同一である。これらの一致点はいずれも本事件意匠に係る物品の使用時に直接観察されやすい箇所であり、かつ全体の意匠に占める割合が大きいため、全体の視覚効果への影響は大きい。また、本事件の証拠に示されるように、本事件意匠に関連する美容器の公知意匠では、把手は慣用手法であり、数多くの公知意匠に開示されているため、全体の視覚効果への影響が小さいと考えられる。
 
したがって、全体から観察し、総合的に判断するという原則により、本事件意匠と把手なしの被疑侵害品及び把手付き被疑侵害品とが類似すると考えられる。
 
2.本事件意匠の意匠権及び評価報告書の侵害訴訟判決への影響
 
把手なしの被疑侵害品と本事件意匠との類似度が非常に高いので、本事件の審理中において、金稲社は、非侵害の抗弁の重点を把手付きの被疑侵害品に置くとともに、把手付きの被疑侵害品に係る意匠権及び評価報告書を非類似の証拠として提出した。
 
把手付きの被疑侵害品に係る意匠権について、その意匠の出願日は2013年8月30日で、本事件意匠の出願日より後である。また、中国の意匠出願制度は、実体審査がないため、被疑侵害品に係る意匠出願が登録になったわけである。しかし、この登録は、当該意匠出願が公知意匠に類似しないと特許行政部門が認定することを意味していない。特許侵害司法解釈二においても、被疑侵害意匠が、先行している係争意匠の権利範囲に属し、被疑侵害者がその意匠に意匠権が付与されたことを理由に、係争意匠非侵害の抗弁を行う場合、裁判所はその抗弁を認めないと明確に規定されている。したがって、後願の意匠権を持つ抗弁は実際には、成り立たない。
 
金稲社は、自分が持つ意匠の評価報告書も提出した。この意匠権評価報告書では、本事件意匠と公知意匠とは、極めて類似する口部及び本体を備えることを認めた上で、新たに設けられた把手部位のデザインという相違点は、全体の視覚効果に大きな影響を与えるものとして十分であるという結論が出された。この点について、一審裁判所は、「評価報告書の制度は、実用新案及び意匠の権利化において、実体審査なしによる審査の欠点を解消し、権利の安定性を確保するためのものであり、本事件では、金稲社が抗弁用の権利評価報告書がパナソニック社の意匠権を対象とするものでなく、本事件意匠を対比の対象として評価報告書に記載していないため、意匠権評価報告書の結論を本事件の証拠として採用することを認めない。」と判示した。
 
本事件では、金稲社の証拠及び抗弁が認められなかったが、被疑侵害意匠に係る意匠権を持っており、かつ評価報告書では、係争意匠を当該意匠権との対比の対象としている場合、評価報告書の結論は、裁判官の心証に影響を与える可能性があることが予想される。とは言うものの、意匠類否の結果は、最終的にはやはり裁判所自分より判断することとなる。
 
Ⅲ 意匠事件の賠償責任
 
本事件は、10大事件に選出され、人々の注目を浴びる1つの重要な理由は、裁判所がパナソニック社の合計320万元の賠償請求を支持したからである。司法実務において、意匠侵害事件で認められる賠償額は大半、数万元に止まっている。そして、現特許法に規定される法定賠償額の上限値が100万元である。この背景では、本事件は画期的な意義を有し、意匠権の価値が十分に説明されていると思われる。
 
1.侵害賠償の挙証
 
中国特許法第65条の規定によれば、「特許権侵害の賠償額は、権利者が侵害により受けた実際の損失に基づいて算定する。実際の損失の算定が困難な場合には、侵害者が侵害により得た利益に基づいて算定することができる。権利者の損失又は侵害者の得た利益の算定が困難な場合には、当該特許の実施許諾料の倍数を参酌して合理的に算定する。賠償額は、特許権者が侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含むべきである。
 
権利者の損失、侵害者の得た利益及び特許の実施許諾料の算定がいずれも困難な場合には、裁判所は特許権の種類、侵害行為の性質や情状などの要素に基づいて、1万元以上100万元以下の賠償額を決定することができる」。
 
特許侵害事件の審理実務において、「挙証が難しくて、賠償額が低い」ケースが多い。通常、権利の価値、収益及び侵害行為による実際の損失の具体的な金額の算定が困難である。侵害者、案外者が通常、自分が把握している、権利者の実際の損失又は侵害者が侵害により利益を得た証拠を自ら提示せず、権利者が自身の証拠収集能力の制限によってそれを収集できないため、実際の損失又は侵害により得た利益の確認が難しいケースはよくある。この場合、裁判所が情状酌量して賠償額を決定するとき、10万元程度に限るケースは非常に多い。
 
本事件では、パナソニック社も、侵害者が侵害により利益を得た確実な証拠の取得が難しいという難題を抱えている。訴訟代理人とパナソニック社の担当者との繰り返した調査及び検討により、結果的には、オンラインストアの被疑侵害品の販売記録に基づいて侵害者が侵害により得た利益を算定するという基本的な方針が固まった。この方針の下で、弊所の弁理士がTAOBAO、ALIBABA、JD(京東)等の主なオンラインショピングサイトで被疑侵害品が販売される証拠を修正不可能に固定化するとともに、固定化された証拠に対して一頁一頁で統計作業を行った。莫大の公証作業及び統計作業は、数名の弁護士とアシスタントの数週の時間がかかった。この時間数からも、被疑侵害品の目が驚くほどの販売台数がわかった。この固定化された証拠によれば、被疑侵害品は、TAOBAOサイトだけの月販売量が140918台で、ALIBABAサイトでの被疑侵害品の3ヶ月間の販売台数が18411347台に達した。被疑侵害品の単価が260元とし、1台の被疑侵害品の利潤が5元だけとするとき、侵害者が被疑侵害品の侵害により得た利益も千万元以上である。本事件では、パナソニック社は、被疑侵害品による利益を証明するための明確な財務データを提示できなかったが、上記証拠により、金稲社が侵害により得た利益が莫大な金額であり、パナソニック社が請求した経済損失の300万元を遥かに超えていることが証明できる。
 
2.合理性の原則
 
司法実務では、ネット情報の真実性は把握しにくいため、オンラインショッピングサイトのデータにより侵害賠償額を算定する実例は少ない。本事件では、裁判所がパナソニック社の主張を全面的に認めた主な理由は、当方がこの主張の合理性を十分に論証した点にあると考えられる。
 
まず、請求した賠償額が上述のように算出した全額ではなく、ネットデータの「重複性」を十分に考慮した。開廷審理において、当方は、販売台数に重複な部分が存在する可能性があり、例えば同じ製品が卸売サイトのALIBABAで販売された後、小売サイトのTAOBAOで再度販売される可能性がある」と忠実に説明した。したがって、当方は、侵害者が侵害により得た利益の算定時に、TAOBAOのみ又はALIBABAのみのデータに基づいて利益を算出するなどの複数の算法を検討した。しかし、算法を問わず、算出した利益の金額はいずれも300万元より遥かに高い。
 
また、金稲社が侵害により莫大な利益を得た事実について十分に説明した。たとえば、オンラインショッピングの強風に乗り、11月11日のようなオンラインストアのイベントでは、店舗毎の人気商品の日間販売数が1万台以上に達する。本事件の被疑侵害品は正にこのような人気商品であり、金稲社のトップページに長時間掲載され、定番商品として宣伝・販売されている。そして、金稲社は、張馨予、楊冪等の中国人気女優がCMに出演するように誘い、被疑侵害品は、女優らがそのCMに出演することにより宣伝する主な商品であり、ひいてはシグネチャーモデルの商品バーションも売れている。高額の利益がないと、金稲社が数年間連続して高額のCM料金を払って宣伝を行う理由はない。これらの主張内容は判決に記載されていないが、裁判官の心証に大きな影響を与え、当方が請求した賠償額が高い合理性を有することを裁判官に認めてくれることに有利であることは明らかである。
 
一方、金稲社は自分が実際に得た利益について何ら挙証していなかった。逆に、金稲社はオンラインショッピングサイトで販売された被疑侵害品のほとんどが偽物であることや、ネットサイトに示された販売台数は偽造された台数であり、販売台数を多くするために、店長が消費者ふりで商品を購入する人を雇うことで偽造された販売台数であると主張したが、具体的な証拠は一切提示しておらず、金稲社の主張を裏付けるための証拠がなく、合理性を有しないため、当然、裁判所に認められないと思われる。
 
3.合理的な支出について
 
最高裁判所による『現在経済情勢下での知的財産審判サービスの大局に関する若干の問題に対する意見』第16条の規定によれば、権利を守るための合理的なコストは、賠償として別途で算定する。
 
従来の司法実務では、権利者が賠償を請求するとき、権利を守るための合理的なコストを損害の賠償とまとめて主張することは一般的であった。裁判所も実情を参酌してまとめて算定する。しかしながら、近年、裁判所が認めた賠償額が低く、ひいては権利を守る行為のコストを埋めることができないという声が多い。裁判所はこの声にも十分な注意を払った。そこで、現在、大部の裁判所は、ほとんどの場合、権利者の請求に基づいて、損害賠償額と合理的な支出とを別々で判断する。これは、実際には、権利者への賠償力を強化したといえる。
 
本事件では、パナソニック社は、侵害者が侵害により得た利益に基づいて経済損失300万元を請求するとともに、別途で20万元の合理的な支出を請求した。一審で提出した公証料金、翻訳料金、弁護士サービス料金の領収証の合計金額が20万元に達していないが、権利を守る実際の行動では、領収書をもらうことができない場合もあると説明した。一審裁判所は、当方の主張を認め、日常生活の経験を活かして、合理的な範囲で判断し、請求した合理的な支出の全額を支持してくれた。
 
合理的な支出について、二審裁判所は、「パナソニック社が、提出した領収書に対応していない部分の請求額について、合理的な理由を説明できない場合、実際に発生した費用はすべて領収書があるわけでないことのみを理由に、請求額の全額を支持したという一審裁判所の判断の根拠が足りない。しかし、被疑侵害行為が訴訟中においても継続中であり、パナソニック社が二審の訴訟において、取り調べにかかる費用の領収書を補足して提出し、追加した上記費用の金額が一審の証拠で未対応部分の金額よりも高いので、争いの実質的な解消を図るために、二審裁判所としては、一審判決の結果を支持する。」と判示した。
 
二審裁判所の判示によれば、訴訟時に、権利者は、権利を守るための合理的なコストを損害賠償と独立して主張すべきである。また、このコストについて、コストの合理性を証明するための十分な領収証を提示すべきである。
 
結び
 
近年、中国の裁判所は知的財産の保護力向上への注力及び達した成果は非常に大きい。司法解釈二には、「利益を得た証拠を被告に提示するよう命じることができ、被告が断って提示しない場合、原告の主張及び証拠に基づいて賠償額を算定することができる」と明確に規定されている。また、特許法改正案において、法定賠償額の上限を500万元に引き上げる予定である。さらに、現在の司法実務において、本事件のような高額の賠償額を認めた判決がされた事件がますます多くなっている。権利者は、自分の権利が確実に保護されていると確信するようになった。しかし、権利者が取得したい高額の賠償額は、何もしないまま得るものでなく、合理的な挙証が必要不可欠なものである。