中国弁護士 邢 博
北京魏啓学法律事務所
 
『中華人民共和国知的財産権税関保護条例』(以下『知的財産権税関保護条例』という)の関連規定によれば、知的財産権の権利者は税関に侵害被疑貨物の差押を請求することができる。税関が侵害被疑貨物を差し押さえた後、差し押さえられた貨物が知的財産権の権利者の知的財産権を侵害しているか否かを認定できない場合、知的財産権の権利者は裁判所に保全命令を申し立てることができ、さもなければ、税関は侵害被疑貨物を通過させなければならない。裁判所が差し押さえられた侵害被疑貨物が知的財産権の権利者の知的財産権を侵害していないと判断した場合、差し押さえられた貨物の権利者は税関による知的財産権保護措置の申立に係る損害責任紛争を事由として、知的財産権の権利者に損害賠償責任を負担することを求めるよう、裁判所に訴訟を提起することができる。

このような案件の審理において、知的財産権の権利者は税関に知的財産権保護措置を申し立てる行為に過失が存在しているか否かは、争点になることが多い。本稿では、関連事例と結び付けて、このような案件における税関による知的財産権保護措置の申立の「過失」に対する判断について簡単に分析を行うが、ご参考になれば幸いである。

1. 税関による知的財産権保護措置の申立に係る損害責任紛争は過失責任原則を適用するという裁判所の主流観点

『知的財産権税関保護条例』第28条第2項の規定によれば、知的財産権の権利者が税関に侵害被疑貨物の差押を請求した後、税関が差し押さえられた侵害被疑貨物が知的財産権の権利者の知的財産権を侵害していると認定できなかった、または裁判所が差し押さえられた侵害被疑貨物が知的財産権の権利者の知的財産権を侵害していないと判定した場合、知的財産権の権利者は法により賠償責任を負わなければならない。

関連判例を調査したことからわかるように、多くの裁判所は税関による知的財産権保護措置の申立に係る損害責任紛争には過失責任原則を適用する考えている。(2022)浙民終483号事件において、浙江省高等裁判所は、損害賠償責任の負担は過失帰責を原則とし、財産保全及び税関保護措置の申立の過失に係る法律規定または関連司法解釈のいずれも、この2種類の賠償責任が無過失責任であると明確に規定していないため、『中華人民共和国民法典』第1165条第1項の過失責任原則を適用し、行為者が賠償責任を負うべきか否かを認定すべきだと、判断した。

2. 司法実務における税関による知的財産権保護措置の申立に「過失」が存在しているか否かの認定に関する裁判の考え方

司法実務において、税関による知的財産権保護措置の申立には「過失」が存在しているか否かについて、各地の裁判所の観点は異なるが、主に以下2つの裁判の考え方が挙げられる。

考え方1:差し押さえられた貨物が最終的に権利侵害に該当するか否かという税関または裁判所の認定結果に基づき、知的財産権の権利者の申立行為に過失が存在しているか否かを認定する。もし差し押さえられた貨物が権利侵害に該当しないと認定された場合、知的財産権の権利者の申立行為には過失が存在していると確認する。

(2021)浙02民終1792号事件において、一審裁判所である寧波市北侖区裁判所は、以下のとおり認定した。

申立が不当であるか否かの鍵は、差し押さえられた貨物が税関または裁判所に権利侵害と認定されるか否かであることにある。もし権利侵害と認定されない場合、申立人の申立はあるべき法的根拠を失い、不当であると意味する。申立の不当性に対する判断自体は遅延性があり、申立時に判断できるのではなく、税関が認定をしたか、または司法機関が商標権侵害の裁決を下した時にしか申立が不当であるか否かを判断できない。申立人は差押の利益を享受すると同時に、関連リスクを負う義務がある。申立ミスによる損害賠償の可能性は、すでに申立人の申立時のリスクに含まれ、申立人に申立時に主観的に明知され、リスクを明知しながら行う申立人の主観的な状態は、権利侵害の結果が未定である当時の客観的な状況に制限され、過失が存在しているか否かを事前に判断できないことが多いが、その権利侵害の主張が最終的に法律手続きに支持されない時、その当時の申立人は主観的な過失があると確認できる。

二審裁判所である浙江省寧波市中等裁判所は上述の一審裁判所の観点を認めた。

考え方2:個別案件の状況に基づき、知的財産権の権利者が貨物の差押を申し立てる際に合理的な注意義務を果たしたか否かを審査し、知的財産権の権利者の過失が存在しているか否かを総合的に判断する。

(2020)粤03民終6586号事件において、商標権侵害という知的財産権の権利者である深セン新覇科技有限公司の主張が別の事件で裁判所の支持を得られなかったため、貨物の所有者である深セン市新興隆塑胶製品有限公司は今件に対し、訴訟を提起した。本件において、深セン市中等裁判所は案件の状況を総合的考慮し、深セン新覇科技有限公司は主観的に被申立人の合法的権益を侵害する故意または深刻な過失がなく、客観的に一般者の注意義務を果たしたと判断し、最終的に深セン新覇科技有限公司は過失が存在しておらず、法により損害賠償責任を負うべきではないと認定した。
(2022)浙民終483号事件において、専利権侵害という知的財産権の権利者である佳宝社の主張が別の事件で裁判所の支持を得られなかったため、貨物の関連利益者は本件に対し、訴訟を提起した。本件において、浙江省高等裁判所は以下のとおり認定した。

行為者は過失が存在しているか否かを判断する場合、個別案件の具体的な状況に基づき、行為者が合理的な注意義務を果たしたか否かを審査すべきである。財産保全及び税関による知的財産権保護措置の申立の過失で引き起こされた損害賠償紛争に対し、特に申立人と被申立人の利益のバランスを適切に取る必要があり、申立人が上述の措置を申し立てて自身の合法的権益を保護することができないよう、過度な注意義務を規定してはいけないし、申立人が任意に申し立てたり、上記の措置を濫用したりすることによって被申立人の利益を損なうことを放置してもいけない。通常、被申立人の利益に与える影響は大きいほど、申立人が申立過程において果たすべく注意義務は高く、申立行為は慎重でなければならない。このほか、専利権侵害紛争において、財産保全または税関による保護措置の申立人が合理的な注意義務を果たしたか否かを判断する考慮要素には、専利権自体の安定性、保全命令を申し立てた財産の金額または差押を申し立てた貨物の範囲が合理的であるか、保全命令を申し立てた具体的な措置が適切であるかなどが含まれている。まず、佳宝社が保有している専利は特許であり、登録手続きにおいてすでに実体審査が行われ、且つ無効審判の段階で審査を経て権利の有効性が維持されたため、その特許権の安定性がより強いことが証明された。次に、佳宝社が申し立てた財産保全、税関による保護措置の客体の範囲及び具体的な措置には明らかな不当がない。そのため、財産保全及び税関による保護措置の影響が限られている状況では、申立人は申立時にその行為が相手に損害を与える可能性があるとあいまいに分かっていることのみを理由として、申立人は権利侵害の過失が存在すると逆推定してはいけず、関連証拠に基づき、佳宝社は財産保全及び税関による保護措置を申し立てる過程において過失が存在していることを認定しにくいため、佳宝社は損害賠償責任を負うべきではない。

税関による知的財産権保護措置の申立に係る損害責任紛争は渉外OEM加工または専利権侵害などの複雑な侵害判断に関わることが多い。このような状況において、知的財産権の権利者に対し過度な注意義務を規定してはいけず、知的財産権の権利者の申立行為に過失が存在しているか否かを判断する際に、個別案件の具体的な状況と結びつけて、権利者が合理的な注意義務を果たしたかを総合的に判断すべきだと、筆者は考えている。

3. 知的財産権の権利者へのアドバイス

知的財産権の権利者は税関に貨物の差押を申し立てる前に慎重に評価を行い、貨物が専利権を侵害する可能性がより高いことを確定してから、税関に貨物の差押を申し立てることをご提案する。差し押さえられた貨物が最終的に税関または裁判所に権利侵害に該当しないと判断され、差し押さえられた貨物の権利者が知的財産権の権利者に対し、損害賠償責任を負担することを求めようと、裁判所に訴訟を提起した場合、知的財産権の権利者は貨物の差押を申し立てる際にすでに慎重に考慮し、合理的な注意義務を果たしたことを裁判所に主張することができる。